量子アニーリングを用いたエネルギーギャップの直接測定手法

本記事の概要

この記事はMatsuzaki et al., 2021, “Direct estimation of the energy gap between the ground state and excited state with quantum annealing”を読み、その内容の理解を深めるために日本語でまとめたものです。

論文概要

これまでの方法では、基底状態と励起状態を別々に求め、その差からエネルギーギャップの大きさを見積もっていました。本論文では量子アニーリングを用いて、ターゲットとしているハミルトニアンのエネルギーギャップを直接求める方法を紹介しています。鍵となるアイデアはラムぜー型の測定と量子アニーリングの組合せです。

ラムぜー型の測定により基底状態と励起状態のエネルギーギャップ測定

以下の時間依存ハミルトニアンを考えましょう。
ここではdriving Hamiltonianと呼ばれるもので、量子性を引き起こすことからこの名前がついています。代表的なものとしては、横磁場イジングモデルの横磁場項などがあります。は解きたい問題のハミルトニアンで、target Hamiltonianと呼ばれます。そして係数に現れる
というスケジュールを表す関数です。このことから、この論文では以下のようにハミルトニアンを3段階に使い分けていることがわかります。
は通常の量子アニーリング、はラムぜー型の賊邸のように量子アニーリングを停止して状態を発展させることに対応し、はリバース・アニーリングをしていることがわかります。

第一ステップ: 初期状態

これによってどのようにエネルギーギャップを測定されるのかを説明するために、初期状態としてを選択します。ここではそれぞれにおける基底状態と励起状態です。

第二ステップ: 量子アニーリング

次に断熱的ににしたがって状態を変化させることによりを得ます。ここではそれぞれにおける基底状態と励起状態であり、はダイナミクスにより変化した相対的な位相です。

第三ステップ: ラムぜー型測定 (アニーリングの停止)

続いてにしたがって状態を変化させます。これはだけ状態を停止させる操作になるので、状態は
のようになります。ここでは基底状態と励起状態のエネルギーギャップです。

第四ステップ: リバース・アニーリング

最後に、断熱的ににしたがって状態を変化させます。最終的に得られる状態は
となります。ダイナミクスによって変化した位相をのように書きます。

第五ステップ: 結果の読み出し

射影演算子を用いて結果を読み出します。射影測定により得られる確率は
となります。

第六ステップ: 繰り返しとフーリエ変換

以上のステップを異なるごとに繰り返します。こうして得られたをフーリエ変換します。すると
のように、フーリエ変換により得られる関数でピークを持つような関数になります。これにより、基底状態と励起状態を求めることなく、を求めることが可能です。

数値実験

論文ではこの手法がどれだけ有用かを確かめるための数値実験を行なっています。ハミルトニアンとして
を用います。ここではそれぞれ番目の量子ビットに印加される横磁場の大きさと縦磁場の振動数、はそれぞれイジング型の相互作用とflip-flop型の相互作用の強さを表すものです。このハミルトニアンを用いた場合の数値実験結果を以下に示します。
横軸は振動数、縦軸は測定結果をフーリエ変換して得られたの絶対値です。左の図において青線がns, 赤線がnsでの実験結果です。どちらの場合にもGHzにピークを持っています。右の図は青線がns, 赤線がnsでの結果です。青線ののピークは非断熱遷移によるもの、そして赤線のいくつかのピークは基底状態や第一励起状態と第二励起状態のエネルギーギャップを表しています。

結言

ラムぜー型の測定を行うことにより、エネルギーギャップのみを直接測定する方法を提案した論文でした。

参考文献