次世代のD-Wave QPUのデモ版を動かしてみた
D-Waveによる次世代QPUの発表
2022年6月10日、D-Waveより次世代マシンについてのプレスリリース [1] が発表されました。現在提供されているのは「Advantage」と呼ばれるマシン(QPU)ですが、2023-2024年に次世代の「Advantage2」がリリース予定とのことです。Advantage2の量子ビット数は7000以上となる予定で、また量子ビットはZephyr topology [2] という構造で配列されており次数 [3] は20とのこと。これは量子ビット数が5000程度、次数が15程度(Pegasus topology)の現行の「Advantage」を上回っています。既に量子ビット数が500程度のデモ版Advantage2は完成しており、これを試したところ以下の3つの結果が得られているとのことです。
- more compact embeddings
- embeddingについての補足:実機での量子アニーリングを行う際は、多くの場合minor-embeddingと呼ばれる操作が必要になります。解きたいハミルトニアンが持つグラフ構造と、実機の量子ビット配列のグラフ構造が異なっている場合、ナイーブに問題を実機にエンコードすることが出来ません。そのため、以下の図のようにハードウェア上の複数の量子ビットを同一の論理ビット(解きたいハミルトニアンの変数)に対応させます。この対応のことをembeddingといい、ハードウェア上で同一の論理ビットに対応した量子ビットの集合のことをチェーンと呼びます。
- embeddingによりチェーンが生まれますが、長すぎるチェーンは解の品質を低下させます。Advantage2では次数が増大していることにより、密な問題グラフでもより短いチェーンでのembeddingが可能となります
- D-Waveのドキュメントでも、安定的な求解が期待できるチェーン長は5-7量子ビット程度までだと言及されています[5]。
- またD-Waveが提供する可視化ツールdwave.inspectorにおいても、長さ7を超えるチェーンが存在するとアラートが出るようになっています。
- increased energy scale
- Advantage2開発リーダーのDr. Emile Hoskinson氏は「エネルギースケールを大きくすると、エネルギーランドスケープ上での極小値の谷がより深くなるため、それらがより見つけやすくなるとともに、ノイズに対してよりロバストになります」と語っています
- lowering error rates
- 上記2点等から、従来のデバイスよりもエラー率が低下します
この量子ビット数が500程度のデモ版Advantage2は、既にLeapで公開されておりユーザーも触ることが出来ます。
またAdvantage2のより詳細な情報は、我々も参加するAQC2022で語られることでしょう。(Emile Hoskinson氏によるNext Generation Quantum Annealing Processorと言う講演が予定されています)
実際にAdvantage2を動かしてみた
デモ版Advantage2を、簡単にではありますが、私の方で動かしてみたのでその結果を共有します。
※以下のようにsolver引数に「Advantage2_prototype1.1」を渡せばあとはいつも通りに使えます
Method
- ランダムに生成した巡回セールスマン問題を、現行のAdvantageと、Advantage2デモ版で解いた
- 制約項の係数は0.8で固定した
- num_readは1000とした
- chain strength prefactorを[0.6, 3.0]のレンジで動かした
- ※chain strength prefactorは、chain strengthの自動計算結果にかける定数のことです。デフォルトでは1.414となっています。
巡回セールスマン問題の数理モデリングには制約付き最適化問題をQUBOへと自動で変換してくれるライブラリ を利用しました。JijModelingはpipを使って無料で使い始めることができるため以下のコードを使う際は
でインストールを行ってください。
株式会社Jijでは というクラウドサービスで高速なQUBOの生成機能やペナルティ重みのパラメータ調整機能、他数理最適化ソルバーへのアクセスなどの機能を提供しています。JijModelingでモデリングした数理モデルはJijZeptにアクセスする際にそのまま使うことができます。もしJijZept, JijModelingにご興味のある方はこちらの問い合わせフォームからお気軽にご問い合わせください。
Result
以下の指標をベンチマークしました。ここで実行可能解とは巡回セールスマン問題の制約を満たす解のことです。
- feasible minimum objective:実行可能解の目的関数値の最小
- feasible mean objective:実行可能解の目的関数値の平均
- feasible solution ratio:num_reads個のサンプルのうち、実行可能解の占める割合
6都市(n=6)、7都市(n=7)での現行Advantageでの求解結果
6都市(左図)では現行のAdvantageでもchain強度を調整することで最大で20%程度の確率で実行可能解を求めることが出来ました。また7都市(n=7)では2%程度まで下がってしまうものの、依然として比較的安定して実行可能解を得ることが出来ています。また今は制約項の係数を固定しているため、これをチューニングすることで結果をimproveする余地があることに言及しておきます。
8都市(n=8)、現行Advantage及びAdvantage2での求解結果
左が現行Advantageでの求解結果、右がAdvantage2デモ版での求解結果です。少々分かりづらいですが、実行可能解が求まらなかった時は目的関数・実行可能解の割合ともに0となるようにプロットしています。ここから分かることとして
- 現行のAdvantege(左図)で最大で0.4%程度の実行可能解取得となっている
- Advantage2のデモ版では最大で2%程度の確率での実行可能解取得に成功している
9都市(n=9)の場合
n=9では、Advantage2デモ版の量子ビット数が足りませんでした。実はn=8の時点でもembeddingの結果、デバイス上では359個の物理量子ビットを使用しています。やはりn=9という問題サイズは500個程度の量子ビット数しかないデモ版では厳しいのでしょう。
Discussion
8都市において、現行のAdvantageとAdvantage2で差がついた理由は、冒頭でも出てきた「more compact embeddings」で説明が出来るのではと考えています。当該部分で説明したように、長いチェーンは解の品質を低下させます。推奨されるチェーン長は7量子ビット以内だとされています。ここでは8都市の問題について、現行Advantageに埋め込んだ時のチェーン長分布と、Advantege2のそれを比較してみます。
左が現行のもの、右がAdvantage2のものです。ここからやはりAdvantage2ではmore compact embeddings、すなわちチェーン長が抑えられていることが分かり、これが解品質の向上に寄与したのではと考えております。
実験結果まとめ
- 制約項係数を固定したランダムTSP問題での実行可能解の取得確率(num_reads=1000)
- 現行のAdvantage
- 6都市、7都市のインスタンスは現行のAdvantageでも実行可能解の取得確率がそれぞれ最大で20%、2%程度と比較的安定して解くことができた
- 8都市の問題では最大でも0.4%程度の実行可能解取得となった
- Advantage2のデモ版
- 8都市の問題で最大2%程度と、現行のAdvantageの数倍のパフォーマンスを達成した
- 9都市の問題では、デモ版の量子ビットが500程度と少ないことからデバイスにエンコードすることが出来なかった(製品版では7000量子ビット以上を予定)
- 8都市でのembeddingのチェーン長分布を確認したところ、Advantage2はチェーン長を抑えることに成功しており、これが解品質の差に繋がったのでは
- 現行Advantageでのチェーン長:4〜11
- Advantage2デモ版でのチェーン長:3〜8
全体まとめ
本ノートではD-Waveより発表されたAdvantage2プレスリリースの紹介及び、そのデモ版の実行結果を共有しました。今回は簡単にデモ版を動かしただけですが、Advantage2はその高い結合性によりembeddingによるチェーン長増大を抑え現行のAdvantageよりも品質の高い解を得られる(場合がある)ことが確認できました。
注、リンク
[1]:https://medium.com/d-wave/a-sneak-peek-into-our-next-generation-advantage-quantum-computer-3cbe8def208e
[2]:この記事で明言はされていませんが、読み方はゼファートポロジーでギリシア神話に登場する西風の神が由来かと思います
[3]:1つの量子ビットに接続されている他量子ビットの数